それは、私がまだ一人暮らしを始めたばかりの頃、築三十年を超える古いアパートでの出来事でした。その日、私は友人との飲み会から、少しほろ酔い気分で帰宅しました。玄関のドアに鍵を差し込み、施錠しようとしたのですが、鍵は途中までしか回らず、固い手応えと共に止まってしまいました。酔っていたこともあり、私は少しイライラしながら、何度かガチャガチャと鍵を動かしました。すると、何かの拍子に、ようやく鍵は最後まで回り、施錠はできたのです。しかし、次の瞬間、私は絶望の淵に立たされました。施錠された状態のまま、鍵が、全く抜けなくなってしまったのです。左右に回すことも、前後に引くこともできません。まるで、鍵穴と鍵が、完全に一体化してしまったかのようでした。酔いは一瞬で覚め、背筋を冷たい汗が伝いました。時刻は、すでに深夜一時を過ぎています。このままでは、家から一歩も出ることができません。翌日の仕事はどうしよう。もし、火事でも起きたら、逃げることもできない。狭い玄関で、様々な最悪のシナリオが、私の頭の中を駆け巡りました。パニックになりながらも、私はスマートフォンで鍵屋を探し、二十四時間対応という業者に、震える声で助けを求めました。一時間ほどして到着した作業員の方は、私の鍵穴をライトで照らし、一言、「ああ、これはシリンダーの中の部品が、経年劣化で壊れちゃってますね」と、冷静に告げました。作業は、結局、シリンダーを破壊して、新しいものに交換するという大掛かりなものになりました。全ての作業が終わり、新しい鍵を手にした時の安堵感と、手元に残った数万円の請求書。その対比は、あまりにも鮮烈でした。この一件で私が学んだのは、鍵の「回りにくい」という小さなサインを、決して軽視してはならないということ。そして、古い設備には、目に見えないリスクが潜んでいるということです。あの夜の恐怖は、私に、日々の安全というものが、いかに脆い土台の上にあるかを、痛いほど教えてくれたのです。
鍵が抜けなくなった私の恐怖体験